[怖い話] 僕の家②

夏休みが始まった。

僕は二階の和室に陣取り、毎日学校の課題と漫画描きに集中していた。

 

そんな日々の中……怪異は始まった。

“声”が聞こえるのだ。

 

宮崎弁特有の強い訛りで怒鳴り散らす老婆のものと思われる声が聴こえてくるようになったのだ。

家の中や近所からではない……頭の中に響いてくる声。

昼夜を問わず突然聴こえてくる。

〈あンをしぉとヵ!〉

〈バカトレが!〉

〈はォせグか!〉

何を言ってるのか聞き取りにくいから分からないのだが、激しい調子から怒っているのはよくわかる不快な声。

 

始めはただの耳鳴りかなにかだと思っていた。

だが僕は段々と怖くなってきた。 声が日を追うごとに強く激しくなってきたからだ。

朝だろうが真夜中だろうが突然頭の中に聴こえてくる。

一〇分くらいするとラジオのボリュームを下げるみたいにだんだんと小さくなって消えていくのだが、こちらの精神を不安定にさせるのには充分だった。

その頃の僕は、東京の学校で知りあった友人達の画力や知識量に圧倒されて精神的にショックを受けていた。

将来漫画家としてやっていけるのかどうかで悩んでいた僕はプレッシャーから《自分は心を病んだ》と思い始めるようになった。

家族や友人にも相談できず、一人悶々と悩む日々。

だがいつまで待っても声は収まらなかった。

 

ある日、妹と居間で二人テレビを見ている時に気が緩んだのか、

「最近……声が聴こえるんだよな。」

と、つい喋ってしまった。

「え?」

妹が怪訝な表情で僕を見た。 興味を示している。

妹の素早い反応に妙な手応えを感じながら僕は恐る恐る続けた。

「声だよ。いつも怒ってる声でさー……」

「それって……」

妹がさえぎるように問い返してきた。

「宮崎弁のお婆さんの声じゃない?」

「え!?

驚く僕。

「まさか……お前も?」

「うん、しょっちゅう聴こえてる! 宮崎弁で怒鳴り散らすお婆さんの声! お兄ちゃんも聴こえてるの?」

絶句した。

妹にも僕と同じ声が聴こえていたのだ。そして妹も自分だけに聴こえている幻聴だと不安で黙っていたと知り驚く。

精神病ではなかったと安堵したが今度は別の恐怖がこみ上げてきた。

「じゃあ、あの声って……誰の声?」

妹には黙っていたが僕は引越し初日に見たあの二人……着物姿のお婆さんと中年女性の姿を思い出していた。

あの片側の老婆の姿が頭の中に甦る。

 

その夜、帰ってきた父を捉まえ、

〈おかしな声が聴こえてくる〉ことを伝え、〈前の住人がどんな人達だったのか〉教えてくれるよう頼んだ。

始めは僕らの話を鼻で笑って聞いていた父だったが、しつこく食い下がる僕らに突如、

「買ったばかりの家に難癖つけるのか!」

と怒声を浴びせてきた。

普段寡黙で静かな父の豹変に僕と妹は唖然とした。

こんなに激怒した父の姿を見るのは初めての事だった。

真っ赤になって怒鳴り散らす父の言葉がどんどんきつくなってくる。

「あンをしぉとヵ!」

「バカトレが!」

「はォせグか!」

 

僕は父の声質が変わっていく事に気付いた。

声のトーンが徐々に上がり女性的な感じに。金切り声になっていく。

父親の凄まじい剣幕に泣き出した妹は気付いていなかったようだが、それはあの声に似ていた。

僕らを苦しめているあの老婆の声に。

妹は号泣している。僕はもう、どうしていいのか分からなかった。

 

その時、僕らの様子を台所で伺っている母の姿にふと気づいた。

母に助けてもらおうと思い、目で合図を送る…………

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笑っていた。

 

父に罵倒され泣いている僕らの姿を見て母があざ笑っていた。

全身に鳥肌がたった。あのおぞましい笑顔は今でも忘れる事ができない。